2024年の米大統領選でドナルド・トランプ氏が再選を果たした場合、世界は再び「アメリカ・ファースト」の波に飲み込まれるのでしょうか。
特に日本にとっては、貿易、安全保障、エネルギー政策など、多角的な分野で影響が及ぶことが予想されます。過去のトランプ政権の政策を踏まえつつ、2025年以降の日米関係の行方を探ります。今回は、日本の選択肢と覚悟に焦点を当て、深掘りしていきましょう。
トランプ政権の1期目では、日本への自動車関税引き上げが脅威として浮上しました。再選後も「米国産業の保護」を掲げるトランプ氏が同様の措置を取る可能性は否定できません。
2018年、トランプ政権は「国家安全保障」を理由に鉄鋼・アルミニウムへの追加関税を導入しました。日本は例外措置を獲得したものの、その過程で交渉力の脆弱さが露呈しました。当時、日本は自動車関税引き上げを回避するため、約70億ドルの米国産液化天然ガス(LNG)購入や農業市場の部分開放で妥協しました。
再選後のトランプ政権が「自動車関税25%」を再びちらつかせれば、日本経済への打撃は避けられません。自動車産業は国内雇用の約8%(約550万人)を支える基幹産業です。関税が課されれば、トヨタやホンダの北米売上高が最大30%減少する可能性があると、野村総合研究所は試算しています。
さらに懸念されるのは、米国が電気自動車(EV)補助金の自国優遇を強化する動きです。2022年に成立した「インフレ抑制法」では、北米で組み立てられたEVのみが補助金対象となり、日本メーカーは事実上排除されました。トランプ氏がこの方針をさらに強化すれば、ホンダのオハイオ州工場やトヨタのノースカロライナ州工場のような現地生産拠点への依存度が高まり、日本国内の空洞化が加速する恐れがあります。
トランプ政権が環太平洋パートナーシップ協定(TPP)に復帰しない限り、日本は中国主導の「地域的な包括的経済連携(RCEP)」とのバランス戦略を深化させる必要があります。しかし、RCEPは知的財産や労働基準などの面でTPPよりも緩いため、日本が主導する「CPTPP(TPP11)」の拡大が鍵となります。オーストラリアや英国の参加が決まる中、東南アジア諸国の取り込みが急務です。
トランプ氏は1期目に「同盟国の防衛費負担増」を強く要求しました。再選後はさらに圧力が強まり、日本の防衛費GDP比2%達成が現実味を帯びるかもしれません。
2020年、トランプ政権は日本に対し、在日米軍駐留経費の負担額を4倍(約80億ドル)に引き上げるよう要求しました。当時の安倍政権は拒否しましたが、再選後のトランプ氏が同様の要求を突きつける可能性は高いでしょう。仮に日本が折れた場合、追加負担分は社会保障費や教育予算の削減に直結します。
トランプ氏が「NATO加盟国への軍事支援は条件付きだ」と発言したように、米国の「核の傘」への信頼性は低下しています。これを受け、日本国内では「核共有」や「自主核武装」の議論が再燃する可能性があります。ただし、核武装は非核三原則に反するため、現実的には「通常戦力の強化」や「サイバー防衛力の増強」にリソースが振り向けられるでしょう。
米中対立が先鋭化する中、トランプ政権は台湾への軍事的支援を強める公算が大きいです。日本としても「台湾有事は日本有事」との認識から、南西諸島の防衛力強化や民間船舶の徴用制度整備が急がれます。しかし、中国の反発を招けば経済制裁リスクが高まり、自動車部品の調達難(中国依存度約30%)などの問題が表面化する恐れがあります。
トランプ氏は気候変動対策に消極的で、石炭やシェールガス産業を支援する姿勢を示しています。この場合、日本が推進する「グリーン成長戦略」との齟齬が生じる懸念があります。
米国は2022年、ロシアのウクライナ侵攻を受けて欧州向けLNG輸出を急増させました。トランプ政権が「米国産エネルギー優先」を掲げれば、日本向け輸出が制限される可能性があります。すでに日本のLNG輸入の約10%を米国が占めており、調達先の多様化(カタールやオーストラリア拡大)が急務です。
トランプ政権がパリ協定から再脱退し、クリーンエネルギー分野の国際協力から離脱すれば、日本が主導する「水素サプライチェーン構想」が頓挫する恐れがあります。例えば、オーストラリアで進む「褐炭水素」プロジェクトには米国企業も参加していますが、技術協力が縮小すればコスト増は避けられません。
自動車メーカーは欧州向けにEV開発を急ぐ一方、米国市場向けには従来型のガソリン車やハイブリッド車を維持せざるを得なくなります。トヨタは2030年までにEVに3.5兆円を投資すると発表しましたが、米国市場の変化次第では戦略の再修正が迫られるかもしれません。
トランプ政権の姿勢は、日本の改憲論議にも影響を及ぼすかもしれません。
米国からの圧力で、憲法9条解釈のさらなる拡大が議論される可能性があります。例えば、「敵基地攻撃能力」の保有を明文化する改憲案が浮上するかもしれません。ただし、世論調査では「改憲賛成」が56%(読売新聞2023年)と過半数を占めるものの、具体的な中身をめぐる合意形成は道半ばです。
与党内でも「対米従属」か「自主路線」かをめぐる亀裂が表面化するリスクがあります。例えば、防衛費増額に反対する地方議員からは「沖縄の基地負担軽減を優先すべきだ」との声が上がっています。
トランプ氏の「移民排斥」や「保護貿易」を礼賛する日本の極右団体が、SNSで影響力を拡大する可能性もあります。実際、2017年のトランプ当選時には「日本版メキシコ国境の壁を」と主張するデモが渋谷で発生しました。
以上のリスクを踏まえ、日本が取るべき対応を考察します。
ASEANやインドとの経済連携を強化し、米中対立の「緩衝地帯」を構築すべきです。例えば、ベトナムへの半導体工場移転や、インドとの軍事訓練共同化が進んでいます。
半導体や量子技術など、戦略分野で自主開発能力を強化します。TSMCと組んだ熊本工場の早期稼働や、理化学研究所の量子コンピュータ研究予算倍増(2024年度予算案)はその一例です。
防衛費増加や憲法改正など、国民的合意形成を急ぐ必要があります。政府は「シミュレーション動画」やオンラインディスカッションを活用し、若年層の関心を引きつけるべきでしょう。
**企業事例**
自動車部品メーカーのデンソーは、メキシコ工場を拡張し「米国向けはメキシコ生産」というトランプ対策を継続中です。2025年までに現地生産比率を40%から60%に引き上げる計画です。
トランプ大統領の再選は、日本に「覚悟の選択」を迫る分水嶺となるでしょう。重要なのは、単に米国の意向に反応するのではなく、日本の国益を長期的視野で定義し直すことです。
そのためには、エネルギー自立や技術主権の確立など、国内改革を加速させるとともに、アジアや欧州との連携で多極化する世界に対応する柔軟性が不可欠です。2025年以降の日本が「主体的な中等国家」として生き残る道は、まさに今からの準備にかかっていると言えるでしょう。